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大阪高等裁判所 昭和30年(ナ)2号 判決 1956年10月29日

原告 国本克已 外一名

被告 大阪府選挙管理委員会委員長

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は昭和三十年二月二十七日執行の衆議院議員選挙につき大阪府第一区選出議員選挙は無効なることを確認する被告がなした二月二十八日管野和太郎野原覚志賀義雄大矢省三を当選者とするとの決定はこれを取消す訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求めその請求の原因として原告等は第一区衆議院議員選挙権を有する選挙人なるところ被告は昭和三十年二月二十七日執行の衆議院議員選挙に関し大阪府第一区選出議員として管野和太郎野原覚志賀義雄大矢省三を当選者とする旨決定したのであるが右決定には次のとおり違法があり該選挙は無効であるすなわち大阪府第一区東住吉区管内投票所たる光源寺において投票設備中投票記載台六個のうち、入口から最初の記載台の衝立に社会党大矢省三改進党粟村栄一自由党有田二郎自由党岡野清豪共産党志賀義雄なる候補者名及び非候補者名の掲示があつた右掲示は投票者全員に容易に認められるものであつて(同記載台が点字投票記載所なることを示す貼紙はなく現に一般有権者もここで投票の記載をしておつた)昭和二十四年頃の掲示のものと推定し得るが右候補者名中には真実の候補者たる管野和太郎田万清臣田中藤作後藤田質子等の氏名がないところで右掲示は投票者の意思に相当の影響を与え投票数を左右する原因となるものであるが投票開始時刻たる午前七時から当日午後二時半までの間存在し右掲示を発見した投票者に促されて係員が撤去せるものであるしかしながらすでに多数の投票者に周知せられた後であり選挙の公正は著しく害されたものであるそして右違法は該選挙の結果に重大な影響を与えるものであるすなわち同投票所における有権者総数三、六七七当日の投票数二、四七〇であるが午後二時現在の投票数は不明なるも午後三時現在のそれは一、九〇〇午後一時現在のそれは一、二〇〇が投票済となつている正午以後の出足の好調殊に一時から二時すぎまでは昼食後投票に行く者の多い点から見て少くとも午後二時以降前示掲示の撤回せられるまでに一、八〇〇票近くの投票があつたものと推定できる仮りに一、八〇〇票投票済のものとして見ると第四位当選者の得票数四九、〇五二票からこれを控除すると四七、二五二票これを次点者筆頭の得票数四五、六六二票に加えると四七、四六二票となりその当落に影響すること明白であるそして東住吉区内の投票については混合開票であつて同区の投票総数は六五、七一一票であるから右無効投票は更に大阪府第一区の全投票の結果につき影響を及ぼすものであると述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め答弁として原告両名が選挙権を有する者であること被告が昭和三十年二月二十七日執行の衆議院議員選挙に際し大阪府第一区の当選者として管野和太郎野原覚志賀義雄大矢省三を当選者と定めその旨の決定をなしたこと原告主張の如く記載台六個の中入口から一番目の記載台に候補者並びに非候補者の氏名掲示のあつたこと右掲示中真実の候補者である管野和太郎田万清臣田中藤作後藤田質子等の氏名のないこと有権者総数三、六七七当日投票者数二、四七〇であること午後一時現在締切の投票数は一、二〇〇票で同じく午後三時の分が一、九〇〇票であることは認めるがその余の原告主張事実を争う光源寺投票所の中向つて右側六個の投票記載場所中入口から第一番目の記載場所は点字投票記載場所であつたから多数選挙人の意思を左右するはずがなく盲人一人の投票はあつたが盲人には掲示の必要はないのであり仮りにあつたとしてもその意思を左右するというが如きことはあり得ないそこで問題は一般選挙人は右違法な掲示によつてその意思を左右されたか否かであるが次に述べる如き理由によつて全くその懸念のないものである(1)すなわち右点字投票記載場所には幅五寸長さ二尺六寸の点字投票記載所なる旨の掲示がしてあり且つ記載板には点字機が備えつけてあり筆記用具は一切置いてなかつたから一般選挙人は全然これを使用してないこと(2)当日曇天で投票所内は暗く掲示が記載場所の右横の内側であるため光線を遮断しており且つその掲示は昭和二十四年一月から約六個年貼布してあるために暗く変色しており相当近距離でないと候補者氏名の二号活字を読むことができなかつたこと(3)六個の記載場所の真上に幅一尺三四寸長さ五尺三四寸の大型氏名掲示がある外光源寺投票所の入口にも同様大きさの氏名掲示がありこと更に記載場所の掲示を見る必要のなかつたこと(4)投票所光源寺本堂の入口に名簿対照所がありそのため仮りに時によつては投票所がこんだとしても右対照所で選挙人の繁困が整理されるから点字投票記載場所を除く他の五個の一般の投票記載場所の選挙人があふれて点字投票記載場所を使用する必要のないものでありまた事実前記一名の盲人以外に使用するものは無かつたのである次に原告等は誤つた氏名掲示の発見時刻を午後二時半頃と押え一、八〇〇票の投票数を算出しているが発見時は午後一時二十分頃であつて午後一時現在の投票数は原告主張の如く一、二〇〇票午後三時のそれは一、九〇〇票であるからその差七〇〇票を二十分間として平均投票数を算出すると約一一七票弱となりこれを午後一時現在の投票数に加えると一、三一七票弱となり原告等主張の一、八〇〇票には程遠いなお氏名掲示を誤つたのは六個の投票記載場所中一般選挙人に関係のない点字投票記載場所のみであるから仮りに撤去時までに一、八〇〇票の投票があつたとしても危険性のあるのは一、八〇〇票の六分の一の三百票と計算すべきであるから投票所全体に影響する違法ではないと述べた。(立証省略)

理由

原告等が昭和三十年二月二十七日執行の衆議院議員選挙につき大阪府第一区衆議院議員選挙権を有する選挙人であつたこと被告が右選挙に関し大阪府第一区選出議員として管野和太郎野原覚志賀義雄大矢省三を当選者とする旨の決定をなしたこと大阪府第一区東住吉区管内投票所光源寺において投票記載台六個の内入口から最初の記載台の衝立に候補者並びに非候補者の氏名の記載ある掲示があつてそのなかに候補者管野和太郎田万清臣田中藤作後藤田質子の氏名がなかつたこと同投票所における有権者総数三六七七当日の投票数二四七〇午後三時の投票数一九〇〇午後一時の投票数一二〇〇であつたことは当事者間に争がないそこで検証の結果並びに証人時田泰三郎(一部)花畑義男、柿谷利男、高原勉、増井源三郎、竹淵音吉の各証言によると問題の掲示というのは昭和二十四年度衆議院議員選挙の時の小型の候補者氏名票であつてそれが昭和三十年二月二十七日執行の衆議院議員選挙に当り大阪府第一区東住吉区管内投票所光源寺において投票記載所六個の内入口から数えて第一番目の記載所の三角形の記載台を囲む衝立の内側の右方にはりつけてあつたこと同記載所には点字投票所と記載した掲示がなされ且つその記載台の上には点字機が設置されてあつて一見右記載所が点字投票者が投票を記載するためのものであることを明らかにしてあつたこと問題の掲示の大きさ位置古さ(昭和二十四年度衆議院議員選挙の時のものであつたというから本件選挙の時まですでに数年を経ており相当古びておつたであろうことは推知するに難くない)からいつて右掲示のあつた記載所で投票の記載をしようとする者はこれを認識することはできたがそうでない者にはその氏名までも認識することは困難であつたこと一方光源寺の入口及び投票記載所六個の上部のいずれも投票者の見やすい個所に正確な候補者氏名を記載した大型の掲示がしてあつたことが認められる前示のように問題の掲示のあつた投票記載所には点字投票記載所と記載した掲示がなされ且つその記載台に点字機が設置され一見同記載所が点字投票者のためのものであることを明らかにしてあつたとすれば特別の事情のない限り一般選挙人は人情として投票記載のため同記載所を使用することを避け他の記載所を使用したであろうことまたたとえ問題の掲示を見た者があつたとしてもそれは相当古びておつたし前示のように光源寺の入口並びに投票記載所上部の二個所に正確な候補者氏名を記載した大型の掲示があつたのであるからこれと対照してたやすくその誤りであることに気付いたであろうことが推知される右認定に反する証人時田泰三郎の証言部分証人星田錦三郎の証言は措信し難くその他右認定を左右する証拠はないそうすると問題の掲示があつたため選挙の結果に異動を及ぼす虞があつたものとはいえないから右掲示の撤去時その他の点を判断するまでもなく原告の本訴請求は失当といわねばならない。

よつて本訴請求を棄却すべく民事訴訟法第九十五条第八十九条を適用し主文のように判決する。

(裁判官 松村寿伝夫 網田覚一 入江菊之助)

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